マッハ墨朱&絵馬による布陣(仮)~御朱印ブログ~

御朱印と御朱印帳、時々絵馬。メモ代わり兼ひとりでニヤニヤと悦に浸るためだけの場

目黒区

2010年10月から2020年10月までの記録。

瀧泉寺@東京

◆山・院・寺号
泰叡山 瀧泉寺(りゅうせんじ)
名称:目黒不動尊

◆宗派
天台宗

◆御本尊
不動明王

◆御詠歌
(寺院御詠歌)
清らけき 目黒の杜の 独鈷瀧 災厄難を 除ける不動尊

◆所在地
目黒区下目黒3丁目
東急目黒線・不動前駅より徒歩10分

瀧泉寺・目黒不動本尊

◎「元祖山手七福神・恵比寿神」の御朱印
瀧泉寺・恵比寿

◎「関東三十六不動霊場・第18番札所」の御朱印
18目黒不動

◎「江戸三十三観音霊場・第33番札所」の御朱印
33目黒不動

★雑記
目黒不動尊として知られる、瀧泉寺の御朱印です。

(2010年8月記)
関東三十六不動、江戸三十三観音、江戸最初山手七福神での札所・参拝寺院となっています。それもあってか、いつ参拝しても熱心に各堂宇で拝んでいる人の姿を目にします。もっとも、仁王門をくぐってすぐの所は、境内と言うよりは公園のようなエリアで、結構やかましいときもあるのですが。さつま芋の栽培を広めた蘭学者、青木昆陽のお墓もあります。この日は、江戸三十三観音霊場の結願のために訪れました。
御朱印は、本坊(阿弥陀堂)横の御朱印所窓口にていただきました。

(2013年1月記)
新年ともあり、元祖山手七福神めぐりでの参拝です。1月も半ば近くとなりましたが、まだまだ七福神めぐりであれ初詣であれ、訪れる人は多かったです。

(2018年8月記)
久方振りのお参りとなりました。目的は、2017(平成29)年に復興されたという山王鳥居。平成29年が酉(丁酉)の歳であることに合わせての復興だそうです。変額の裏には、確かに平成29年丁酉9月とあります。流石にまだまだ新しいともあって、全体的に白さを保っていますね。大々的にニュースにもなっていない印象なので、目当てに来る人も少ないのかな、と。お正月ではありませんが、七福神の祀られている三福堂へも。渋谷方面へ向かう帰りバス停が目の前なので便利ですし。にしても・・・こちらの福銭洗い場の色は、やっぱり見事にエゲツないです。

◎瀧泉寺、仁王門。(2010年8月撮影)
9

◎瀧泉寺、本堂。(2010年8月撮影)
2

◎瀧泉寺、大日如来像。(2010年8月撮影)
4

◎瀧泉寺、護衛不動尊石像。(2010年8月撮影)
49

◎瀧泉寺、水掛不動尊石像。(2010年8月撮影)
5

◎瀧泉寺、狛犬。(2018年8月撮影)
瀧泉寺6

◎瀧泉寺、狛犬。(2018年8月撮影)
瀧泉寺7

◎瀧泉寺、参道。(2018年8月撮影)
瀧泉寺8

◎瀧泉寺、山王大鳥居。(2018年8月撮影)
瀧泉寺0

◎瀧泉寺、三福堂。(2018年8月撮影)
瀧泉寺2

◎瀧泉寺、三福堂の手水舎。(2018年8月撮影)
瀧泉寺17

◎瀧泉寺、三福堂の恵比寿像。(2018年8月撮影)
瀧泉寺3

◎瀧泉寺、大黒天像。(2018年8月撮影)
瀧泉寺18

目黒富士浅間神社(上目黒氷川神社)@東京

◆名称
目黒富士浅間神社(めぐろふじせんげんじんじゃ)

◆御祭神
木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

◆所在地
目黒区大橋2丁目
東急田園都市線・池尻大橋駅より徒歩5分

◎「桜の時期限定(平成31年)」の御朱印
氷川神社・上目黒・浅間h3103

◎「夏詣(平成30年)」の御朱印
氷川神社・上目黒・浅間

★雑記
目黒富士浅間神社の御朱印です。

(平成30年8月記)
こちらは、上目黒氷川神社(大橋氷川神社)の境内社になります。元々は、上目黒1丁目の目切坂にあった元富士を、明治11年にこちらへ遷したそう。小さいながらも胸を張って自らを大きく見せる、そんなポーズをした狛犬に護られています。よく見りゃ顔もなかなか厳ついですね。
御朱印は、上目黒氷川神社の授与所にていただきました。

◎目黒富士浅間神社、社殿。(平成30年8月撮影)
上目黒・浅間0

◎目黒富士浅間神社、狛犬。(平成30年8月撮影)
上目黒・浅間3

◎目黒富士浅間神社、狛犬。(平成30年8月撮影)
上目黒・浅間4

大橋氷川神社@東京

◆名称
大橋氷川神社(おおはしひかわじんじゃ)

◆御祭神
素盞嗚命(すさのおのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
菅原道真(すがわらみちざね)

◆所在地
目黒区大橋2丁目
東急田園都市線・池尻大橋駅より徒歩5分

◎「夏詣(平成30年)」の御朱印
氷川神社・上目黒・h30

氷川神社・上目黒h30

氷川神社・大橋

★雑記
目黒区大橋の氷川神社の御朱印です。

(平成24年6月記)
現在は鎮座地から大橋氷川神社と呼ばれていますが、鳥居前の石碑は上目黒氷川神社となっています。明治時代の初期までは、旧上目黒1丁目に鎮座していたからとのこと。それにしても・・・参道の階段がえらい急勾配だな、と。由緒書きやら看板やらを見たら、神社沿いの玉川通りを拡張するために、無理矢理改修工事をして現在の状態になったのだとか。神社側からすれば、なんとも災難なことですね。御朱印は、授与所にていただきました。

(平成30年3月記)
目黒川の桜見物の流れで、久方振りのお参りです。そう言えば、こちらのオリジナル御朱印帳の表紙は、目黒川の桜がデザインされていましたっけか。境内は前回から一転、えらく幟の数が増えたなと。ですがよくよく見れば、稲荷神社の幟ばかりでした。同じように桜見物の流れが、はたまた春の陽気に誘われてか、多くの参拝者の姿が境内にはありました。御朱印は、授与所にていただきました。印が新しくなっており、加えて揮毫でも大橋氷川神社から上目黒氷川神社の表記になっていました。代替わりして一新と言ったところでしょうか。

(平成30年8月記)
夏詣の期間中に、再びお参りしてきました。快晴で絶好の外出日和・・・かと思いきや、日なたは流石に暑過ぎるってなもので、人のいない境内と相成りました。この日は氷川神社と合わせて、浅間神社の御朱印もいただきました。やはりもう上目黒氷川神社で統一なのでしょうかね。

◎大橋氷川神社、拝殿。(平成24年6月撮影)
氷川神社

◎大橋氷川神社、参道。(平成30年3月撮影)
氷川神社・上目黒6

◎目黒川の桜。(平成30年3月撮影)
氷川神社・上目黒5

大円寺@東京

◆山・院・寺号
松林山 大円寺(だいえんじ)

◆宗派
天台宗

◆御本尊
釈迦如来

◆所在地
目黒区下目黒1丁目
JR、都営、東京メトロ各線・目黒駅より徒歩4分

大円寺

◎「江戸最初山の手七福神・大黒天」の御朱印
大円寺・大黒天

★雑記
江戸最初山の手七福神めぐりのお寺、大円寺の御朱印です。

(平成25年1月記)
新年も半ばを迎える日、それでも七福神めぐりでしょうか、人がそこそこ居る境内でした。目黒の駅から、急な勾配の坂である行人坂を下ってきた途中に境内はあります。駅から向かうときはスイスイと。それはつまり、帰りの上りが大変だと言うことで。僅か5分程度の距離なのですがね。見所はやはり、壁一面の石仏群でしょう。大小様々な仏様が座しており、境内のどこに居ても見られているような、心の内を見透かされているような、そんな引き締まる気持ちになります。
御朱印は、授与所にていただきました。

◎大円寺、山門。
大円寺12月a

◎大円寺、本堂。
大円寺12月b

◎大円寺、境内石仏群。
大円寺・1月

自由が丘熊野神社@東京

◆名称
自由が丘熊野神社(じゆうがおかくまのじんじゃ)

◆御祭神
伊邪那美命(いざなみのみこと)

◆所在地
目黒区自由が丘1丁目
東急大井線、東横線・自由が丘駅より徒歩3分

熊野神社・自由が丘h27

熊野神社・自由ヶ丘

★雑記
自由が丘鎮座、熊野神社の御朱印です。

(平成24年5月記)
ちょいとセレブな街、自由が丘の駅前からすぐなので、参拝者の様相もなにやらお高い感じでした。血統書付きの犬の散歩ついでに、みたいな。ちょうど祈祷も終わりに差し掛かった頃合だったので、境内で待っていました。それにしても、女性の参拝者が多い印象がありますね。御朱印は、授与所窓口にていただきました。授与所では、草木染め(やまもも染め・くちなし染め)のオリジナル御朱印帳が、各1200円の初穂料で頒布されていました。未購入ですから詳細は不明ですが、表紙の絵柄ではなく作りそのものにこだわる、あるいは気を配るってのが他の神社とは目線が違うな~と思ったら、ここは女性宮司さんなんですね。なんだか納得でした。

◎自由が丘熊野神社、参道。(平成24年5月撮影)
自由が丘熊野神社1

◎自由が丘熊野神社、社殿。(平成24年5月撮影)
自由が丘熊野神社

羅漢寺@東京

◆山・院・寺号
天恩山 羅漢寺(らかんじ)
通称:五百羅漢寺

◆宗派
単立(元・黄檗宗)

◆御本尊
釈迦如来

◆所在地
目黒区下目黒3丁目
東急目黒線・不動前駅より徒歩7分

◎「去蓋障尊:平成28年申歳」の限定御朱印
五百羅漢寺h2801

五百羅漢寺

★雑記
”目黒のらかんさん”こと、五百羅漢寺の御朱印です。

(平成24年7月記)
通称である、五百羅漢寺としての知名度の方が高いようです。江戸期にはその通称名の通り、536体の羅漢像があったそうですが、現存するのは305体だそうです。それでも、羅漢堂から大雄殿(本堂)までズラリと拝観順路に並んだ羅漢像は圧倒的で、弥が上にも何度も立ち止まってジックリとその表情だったりポージングだったりを見ることになります。これらがたった一人の手による物とは・・・凄まじいのひと言です。あと本堂内では、お釈迦様の説法がズッと流れていて聞くことができます。また単なるお寺の参拝・拝観ではなく、聖宝殿には様々な史料も展示されていて、美術館としての価値も高いかと思います。お守り等の各種授与品も充実しており、汎用の御朱印帳も置いてありました。御朱印は、拝観受付で預けて、帰りに受け取る流れでした。

(平成28年1月記)
近くまで来る用事があったので、その流れで久々のお参りです。平成27年だか26年だかから、揮毫部分を毎年変えて、その年限定の御朱印として授与していることをこのとき知りました。申歳は去蓋障尊(こがいしょうそん)とのこと。「煩悩の障りを捨て去る」から来ているとか。蓋とは正しい認識を邪魔する障害のことで、五蓋として瞑想修行を邪魔する5つの障害(煩悩)があるそう。すなわち、貪欲(欲望)、瞋恚(憎しみ)、昏沈睡眠(倦怠・眠気)、掉挙悪作(浮わ付き・後悔)、疑(疑心)の5つとのことです。瞑想修行関係なく、日常生活でもですね。この日は法要中で、本堂内には入ることが出来ませんでした。また来年、と。

◎五百羅漢寺、境内入り口。(平成24年7月撮影)
五百羅漢寺・目黒

◎五百羅漢寺、本堂。(平成24年7月撮影)
五百羅漢寺8

◎五百羅漢寺、地蔵像。(平成24年7月撮影)
五百羅漢寺9

高福院@東京

◆山・院・寺号
永峯山 瑠璃光寺 高福院(こうふくいん)

◆宗派
高野山 真言宗

◆御本尊
大日如来

◆所在地
品川区上大崎2丁目
各線・目黒駅より徒歩1分

◎「御府内八十八ヶ所霊場・第4番札所」の御朱印
4高福院

★雑記
弘法大師御府内八十八ヶ所霊場の札所、高福院の御朱印です。
お寺の始まりは、高野山金剛峯寺の塔頭の一院としてだとか。寛永の頃に松平讃岐守侯が、地元讃岐の偉人である弘法大師のお寺を建立することを決め、高福院の寺名と弁才天を奉持してお寺がスタート。結構な歴史のあるお寺なんですね。人の多い目黒駅から、「目黒駅って目黒区じゃないんだよな~」、なんて考えながら歩いているとすぐに着いてしまう距離。境内に入ってしまえば、喧騒も消えて静かなものです。普通は本堂裏手にある墓地エリアが、本堂前にあるのもまぁスペースを確保しにくい都会のお寺らしいとも言えます。その本堂の前には、御府内霊場の札所を示す石碑も残っていました。その横の水瓶では、ちょうど蓮の花が咲いており、やっぱりお寺と蓮は合うもんだ、なんて気分に浸りながらの参拝となりました。
御朱印は、庫裡にていただきました。

◎高福院、本堂。
高福院3

◎高福院、境内。
高福院5

成就院@東京

◆山・院・寺号
不老山 薬師寺 成就院(じょうじゅいん)
通称:蛸薬師

◆宗派
天台宗

◆御本尊
薬師如来

◆所在地
目黒区下目黒3丁目
東急目黒線・不動前駅より徒歩5分

蛸薬師・目黒

★雑記
蛸薬師こと成就院の御朱印です。
不動前駅が最寄り駅になりますが、JR山手線の目黒駅からでも徒歩10分程度で参拝することができます。完全に蛸薬師の通称が定着しているので、成就院と言ってもピンとこないこと請け合いです。寺院の御本尊である薬師如来像が、3匹のタコに支えられている蓮華座に乗っていることから、蛸薬師と呼ばれるようになったとのことです。本堂脇に回り込むと、7体の石仏が立っています。奥の3体がお静地蔵尊と呼ばれる地蔵石像です。第二代将軍である徳川秀忠の側室であるお静の方によって、こちらに奉納されたものだそうです。視線は上に飾られたタコのイラストにどうしても向いてしまいますが・・・。
御朱印は、本堂内にていただきました。

◎蛸薬師、本堂。
蛸薬師7

◎蛸薬師、お静地蔵尊。
蛸薬師

碑文谷八幡宮@東京

◆名称
碑文谷八幡宮(ひもんやはちまんぐう)

◆御祭神
誉田別尊(ほんだわけのみこと)

◆所在地
目黒区碑文谷3丁目
東急東横線・都立大学前駅より徒歩15分

八幡宮・碑文谷

★雑記
目黒区碑文谷鎮座、碑文谷八幡宮の御朱印です。
碑文谷という地名の起源となったのが、こちらの境内にある碑文石だとか。”碑文の彫った石のある里(谷)”からきているのだそうです。その碑文には大日如来と勢至菩薩、観音菩薩の種字が彫られており、ただし彫られた時代も作成者も不明とのことです。一の鳥居からの参道には桜が植えられており、春のお花見シーズンはさぞかし見事だろうと想像できます。住宅街ですから、ほどほどの賑わいで良い具合に楽しめそうですね。
御朱印は、授与所にていただきました。

◎碑文谷八幡宮、参道。
碑文谷八幡・一の鳥居

八雲氷川神社@東京

◆名称
八雲氷川神社(やくもひかわじんじゃ)

◆御祭神
素戔嗚尊(すさのうのみこと)
稲田姫命(いなだひめのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと)

◆所在地
目黒区八雲2丁目
東急東横線・都立大学駅より徒歩10分

氷川神社・八雲

★雑記
目黒区八雲の八雲氷川神社の御朱印です。
駅から小洒落た街並みを抜け、歩いて参拝に向かいました。10分よりももう少しかかったような気がします。境内は至って静かで、街の鎮守さんといった具合。ですが境内はなにやら工事中らしく、道具やら木材やらが置かれていました。改修でもするのでしょうか?看板によれば、9月の祭礼では神楽殿で「八岐の大蛇退治の物語」を表現した「剣の舞」が奉納されるそうです。
御朱印は、授与所窓口にていただきました。

◎八雲氷川神社、境内。
八雲氷川神社

金蔵院@東京

◆山・院・寺号
氷川山 虚空蔵寺 金蔵院(こんぞういん)

◆宗派
真言宗 智山派

◆御本尊
大日如来

◆所在地
目黒区八雲2丁目
東急東横線・都立大学駅より徒歩10分

◎「玉川八十八ヶ所霊場・第53番」の御朱印
53金蔵院

★雑記
玉川八十八ヶ所霊場の札所、金蔵院の御朱印です。
山号からもわかるように、すぐ隣には氷川神社(八雲氷川神社)が鎮座しています。壁で囲まれているわけでもなし、オープンなお寺でした。境内の案内板によると、1,600年頃に開かれたお寺とのこと。後に八雲小学校となる、目黒区で最古の小学校が、明治4年にこのお寺で開かれたそうです。
御朱印は、庫裡にていただきました。

◎金蔵院、本堂。
金蔵院・本堂

円融寺@東京

◆山・院・寺号
経王山 文殊院 円融寺(えんゆうじ)

◆宗派
天台宗

◆御本尊
釈迦如来

◆所在地
目黒区碑文谷1丁目
東急東横線・都立大学駅より徒歩20分

◎「御本尊」の御朱印
円融寺

◎「関東百八地蔵霊場・第98番札所」の御朱印
98円融寺

★雑記
碑文谷にある円融寺の御朱印です。
案内板によれば、平安時代の853年に、慈覚大師円仁によって開基された寺院とのことです。今日へ至る途中の400年間、日蓮宗の寺院になっていたこともあるようです。室町時代の初期に建てられたとされる国指定重要文化財の小さな釈迦堂(本堂)と、逆に新しくドンと大きく構えた阿弥陀堂とが山門から一直線に並ぶ境内は、それ以外は殺風景なんですがなんとも味わい深いものです。桜目当てでしょう、カメラを抱えた人を入れ替わり立ち代わり見掛けました。
御朱印は、寺務所にていただきました。

◎円融寺、本堂(釈迦堂)。
円融寺・本堂・釈迦堂

◎円融寺、阿弥陀堂。
円融寺・阿弥陀堂

大橋氷川神社@東京

東京・氷川神社・大橋

大橋氷川神社@東京の絵馬です。
この絵馬を見て、これは桜の時期に参拝しないと、と思った次第です。

祐天寺@東京

◆山・院・寺号
明顕山 祐天寺(ゆうてんじ)

◆宗派
浄土宗

◆御本尊
祐天上人

◆所在地
目黒区中目黒5丁目
東急東横線・祐天寺駅より徒歩6分

祐天寺

★雑記
落ち着いた大人の街のイメージがある、中目黒の祐天寺の御朱印です。
阿弥陀堂の御本尊である阿弥陀如来は、西方六阿弥陀の第6番となっています。さらに、明照大師二十五霊場では、第24番になっています・・・が、これはまったく情報がありません。そもそも明照大師=法然上人って、どれだけの人が理解してるのでしょうか。関西の円光大師二十五霊場の写し霊場かと思ったら、そちらで祐天寺は写し第8番寺院だったので違うのだろうし・・・。本堂前は桜の木が多いので、春の季節には見事に咲くのだろうと思われます。
御朱印は、オフィス然とした寺務所の受付でお願いしていただきました。

◎祐天寺、本堂。
祐天寺
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23区を中心に
休日にのみフラフラと
病人なんでノンビリと
御朱印を集印中。
御朱印帳は、派手系好き
時々、絵馬。
ヘッダー写真は、
気分次第でチェンジ。

携帯電話からだと
strikeのタグが
反映されないのか。
う~ん。。。

●今年の状況●
関東三十六不動
(35/36)
関東九十一薬師
(76/91)
関東八十八ヶ所
(60/95)
豊島八十八ヶ所
(87/88)
阿波西国三十三観音・東部
(24/33)
阿波西国三十三観音・西部
(15/33)
四国三十六不動
(17/36)
下総三十三観音
(14/34)
名古屋二十一大師
(7/21)
和歌山西国三十三観音
(13/36)
安房国四十八薬師
(12/48)
知多四国八十八ヶ所
(3/98)
桶狭間十三仏
(7/13)


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