横浜市内にある、弘法大師ゆかりの21ヶ寺を巡拝する霊場です。
この霊場を回ろうと思った切っ掛けは、”適度な距離”と”適度な範囲”で霊場を探していたとき、偶然その名称がヒットしたから。それに、”横浜”というナウでヤングな街に惹かれたから。えぇ、こちとら田舎者ですから。関東八十八ヶ所霊場もチラッと考えたのですが、範囲の広さに腰が上がらなかったのと、霊場内のゴタゴタが目に付いて&聞いてしまい、なんだかな~と思った次第でして。
さてこの横浜市内弘法大師霊場、巡拝には横浜市史稿の写しを資料としたのですが、それによると明治末頃に設立された霊場とのことです。御朱印をいただくまでを目的にすると、この霊場は思っていたより大変でした。資料は古く、住所を調べ直す作業から始める羽目に。そして実際に巡拝し始めると、山門前や境内に霊場を示す石碑は有れど、お寺の方は霊場の存在をほぼご存じなく・・・。当然ですが、霊場会もまとめ役の寺院も、専用御朱印帳もそして霊場印もほとんどありませんし、新調もされていません。当時の資料も寺院の方には残ってないようです。
ところで、21ヶ寺構成の霊場なので、”なんちゃら八十八ヶ所霊場”の縮小版だと思います。結構札所寺院が被っているので、おそらく新四国東国八十八ヶ所霊場(東国新四国との表記も)が元になっているのでしょう。

【弘法大師 横浜市内二十一ヶ所霊場】
第1番 大聖院 西区元久保町
第2番 延命院(成田山 横浜別院) 西区宮崎町
第3番 願成寺 西区西戸部町3丁目
第4番 東光寺 南区三春台
第5番 東福寺 西区赤門町2丁目
第6番 普門院 南区西中町1丁目
第7番 薬王寺 南区三春台
第8番 蓮華院 南区三春台
第9番 大光寺 南区南太田2丁目
第10番 弘誓院 南区睦町2丁目
第11番 玉泉寺 南区中村町1丁目
第12番 東漸寺 中区大平町
第13番 宝積寺 磯子区上町7丁目
第14番 海照寺 磯子区坂下町4丁目
第15番 大聖院 磯子区東町6丁目
第16番 白滝不動 中区根岸町3丁目
第17番 東福院 中区本牧荒井
第18番 多聞院 中区本牧元町
第19番 千蔵寺 中区本牧元町
第20番 天徳寺 中区和田山
第21番 増徳院 南区平楽

◆結願後、メモ◆
御朱印ブログとして、御朱印に関してメモを。
やはりですが、【弘法大師 横浜市内二十一ヶ所霊場】として全21ヶ寺の御朱印は揃いませんでした。(御朱印自体揃いませんでしたが・・・)お寺の方々でも承知していない霊場なので、それもまた已む無しでしょう。霊場印もほぼありませんでした。幸運にも、気安く”第XX番札所”と一筆書いていただけるお寺もありました。ただ・・・名前は伏せますが、某札所でこんな対応をされたということは、ちょっと長めに愚痴を含めて書き留めておこうと思います。

端的に書けば、完全に人を小馬鹿にしている対応をされたもので。
つまりはいきなり、弘法大師横浜市内二十一ヶ所?はぁ、なにそれ?そんな超マイナーな霊場で回ってくるなよ、ってなもんで初っ端から印象は最低最悪でした。
曰く、『霊場印が残ってないから、そんな霊場の存在は知らんよ』。
曰く、『先代から引き継いでない。うちは関東不動霊場だけ』。
おっしゃることはわかります。だからこそマイナー霊場なのですから。そこで世間話的に、境内の大師堂の前に霊場を示す石碑がありますね~、なんて訊ねてみたら「そんな石碑なんぞは見たこともないわ」と言い放たれました。
えーーー!?ですよ。自分とこの境内なのに、知らないわけないだろうと思いつつ、むしろ参拝者に対して恥ずかし気もなくそんなことを言えてしまう白々しさに、呆れて開いた口が塞がりませんでした。

さらに言われるには、
曰く、『霊場会すら存在しないような集まりを、ウチらは霊場とは認めない』。
・・・認めるとか認めないとか、そういう話でもないでしょうに。実際、弘法大師相模二十一ヶ所霊場や関東九十一薬師霊場、鎌倉三十三ヶ所観音霊場なんかは霊場会なんて無いし、参拝者が年に数人あるいはゼロの年もあるような廃れ気味の霊場ですが、タイミング次第では堂内での参拝や御朱印を愛想良く受け入れてくれますし。

そこからなにやらお坊さんのスイッチが入ったらしく、一方的にやいのやいのと・・・。
曰く、『檀家寺なんかが霊場札所に入ると、法事や葬式やらで対応ができない。そんなのが増えると、霊場が廃れる原因になるしこっちも邪魔で迷惑だ。だから檀家寺が入ってくるような中途半端な霊場に、うちは参加する気が毛頭無いわ』。
それも考え方のひとつでしょうし、言わんとすることもわかります。しかしそれを理由として口に出すなんて、流石にあんまりじゃないかな?もっと言葉を選びましょうよ。そして、「うちは信者寺だから、まったく問題無い。そこいらの檀家寺と一緒にするな」と。そんな上下関係なんぞ知らんがな、ですよ。正直、そろそろ私も嫌気が差していたので、じゃあそちらさんも霊場に入っている新四国東国八十八ヶ所とか、関東三十六不動の檀家寺についてはどうお考えか、と聞こうと思ったら、お坊さんの方が先に口を開きました。
曰く、『関東の不動霊場も、うちは札所を辞めたい。しかし、成田山の本院が霊場を仕切っていて、頼まれたから仕方なく入ってやってるだけ。関東不動霊場なんか年々参拝者が減っている霊場だし、うちは札所を抜けても一向に困らないしむしろ抜けたい』。で、新四国東国霊場は聞くまでも無くご存じなかった様子。後はもう、なんかこちらのストレスが溜まるばかり。ってか、関東不動霊場の札所を抜けたかったの!?よくそんなことを素面で参拝者側に言えちゃうよな。そんなに不満があるなら抜ければ良いじゃないですか。別に霊場会からの脱会とか札所返上は、珍しいことでもありませんからね。
なにやら”霊場”ってのが気に食わないようで、「たとえば、北海道にも新しい不動霊場ができたが、冬の間は巡礼もできないくせに、まったく無駄な物を作ったもんだ。あんなのはな、寺側の自己満足だよ。くだらん集まりを作りおってからに」とか。う~ん、やれやれ。ホント、近畿の不動霊場みたいに札所を抜ければ良いじゃん、と。うん、そんなに不満があるなら、むしろ1日でも早く抜けるべきです。快く巡拝者を受け入れている他寺に対しても駄目でしょうよ。本堂がどれほど立派なものに建て替えられようとも、中にいる人がこんなのではね。

なんて言いますか、お坊さんてのはなんらかの目的を持って巡礼する者を受け止め導く存在かと思っていました。しかし、自分自身の感情を表にむき出しにして、あからさまに不愉快さをこちらに見せ、説法ではなく説教を垂れられると、こちらは俗物ですからカチンときます。
それにしても日頃の鬱憤でしょうか、檀家寺の批判から霊場会への不満まで、私に言われたってどうしようもないでしょうに。当然ながら、自分で文句を言えるはずもないですから、こうして参拝者に当たり散らすのでしょう。むしろこの弘法大師横浜市内二十一ヶ所霊場を結願した今、私が思うのは、その檀家寺の方が良い印象なんですがね。こちらの札所の授与所には複数の人がおられましたが、当たった人の運が悪かったと思うしかないでしょうか。

そんなこんなで、これからもしこの霊場を巡拝する方がいれば、ご注意&気構えを。ま、霊場としてお勧めはしません。”心を鍛える”的な修行ならアリですが、お坊さんの愚痴を聞かされるのを修行とは呼ばないでしょうし。今回は、窓口で対応された人に恵まれなかったと思って納得しておきました。
と言うわけで、俗物なる私のメモ兼愚痴でした。