◆山・院・寺号
五方山 立石寺 南蔵院(なんぞういん)

◆宗派
真言宗 豊山派

◆御本尊
大日如来

◆所在地
葛飾区立石8丁目
京成本線・青砥駅より徒歩12分

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★雑記
2013年9月、弘法大師霊場の南蔵院に参拝してきました。
目的は、荒綾八十八ヶ所霊場(第4番札所)での参拝で、青砥の駅からエッチラオッチラと歩いて行きました。寺院前の堤防を上れば、すぐ目の前は荒川へと流れ込む中川です。天気も良く、青空が広がる絶好の巡拝日和でした。もっとも、歩くには9月と言えど少々暑いくらいでしたが。
さて南蔵院、本堂も庫裡もえらく綺麗で新しい印象でした。参道途中、墓地との間に小さなお堂があり、そこに弘法大師石像が祀られていました。37番と台座に彫られていたので、南葛八十八ヶ所霊場としての仏像だと知れます。お堂脇には、四箇領新四国八十八ヶ所霊場(第17番)と荒綾八十八ヶ所霊場の名称が彫られた新四国霊場の石碑がありました。見たところ昔からの石碑が残っているのでは無く、新しく作られたものでした。お堂内に、南葛八十八ヶ所霊場の案内書があったので、下記に文字起こし。

<引用>
新四国南葛八十八ヶ所(大心講)
近世から昭和初期まで、四国八十八ヶ所など一般庶民には行かれなかった霊場を、身近に作り巡拝する地方巡礼がはやりました。葛飾を中心とするこのような巡礼はいくつかありますが、葛飾鎌倉には奥戸・善紹寺を1番とする新四国南葛八十八ヶ所の霊場(大師堂)が五ヶ所あります。
大正8年秋、恵心和尚は庭木の手入れをしている時に木から落ち、小枝で左眼をけがをしました。すぐに家に帰り、四国霊場曼荼羅を拝み、弘法大師に普段から、お大師様を信仰しているのになぜこのようなけがをするのか、大師は私を見限ったのか、と大師の法号を唱え薬を付けたところ、夜になり痛みがうすらいできました。痛みが引けたのは、薬の効き目で、お大師様の功徳ではないと思ったところ、次の夜から再び痛み出し一層ひどくなり、お大師様の冥罰と懺悔しましたが、頬に2つの腫れ物ができ3ヶ月治りませんでした。
しかし、何の跡も残らず完治したのでこの体験に感謝し、大正8年11月に自宅に一小堂を建立し、いろは大師とし現在の元大師が出来ました。
大正12年にお大師様が夢枕に立ち、「二十一ヶ所の霊場を建立すべし」とおっしゃられ、二十一ヶ所完了。翌13年にも「二十四ヶ所の霊場を」とのお言葉に二十四ヶ所を完了。はじめは南葛いろは大師と称したので、四十八ヶ所、四十八番の最終札所は善紹寺でした。又、14年に第3回の霊告を受け、四十二ヶ所の霊場を完備し南葛新四国八十八ヶ所は完成しました。
</引用>

さて御朱印ですが、残念ながら授与していないとのことでした。札所となっている「荒綾八十八ヶ所」「南葛八十八ヶ所」「四箇領八十八ヶ所」の霊場を問わず、御朱印自体を完全不授与とのことでした。

◎南蔵院。
五方山立石寺南蔵院

◎南蔵院、本堂。
南蔵院・本堂